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「ミノタウロス」佐藤亜紀 [書籍]

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文章を読むということがこれほどスリリングで興奮する行為だということをまざまざと感じる。
佐藤亜紀さまは、わたしにとってそんな作家。

とにかく文章が素敵すぎ。
格好良過ぎる。

ひと通り読んで、話がわかっちゃったらもう読まないとか、そういう小説ではない。
何回読んでもおもしろい。

182ページ、主人公が語る“美しいもの”の描写に戦慄する。
とんでもない。
でも、そのとんでもない光景が、間違いなく美しく描写されている。
「1809-ナポレオン暗殺」でウストリツキ公爵が願った、真の自由の姿。

虱にたかられながら暴力に明け暮れる日々が、おそろしく静かに描かれる。
叙情などという甘さは付け入る隙もなく、恐怖などという劇的な演出もない。
なのに、引きずり込まれるようにむさぼり読んでしまうのはどうした訳か。

小説というのは、物語ではなくてひたすら描写なのだ、と思った次第。


(追記)
上記は’08年9月20日付けの記事。
過去記事にねちねち付け足して日付を新しくして再UP。

ここんとこまた「戦争の法」をもくもく読んだ勢いで「ミノタウロス」もごちごちざくざく読みふけっておったのです。
殺伐と滅入りながらも妙に風通しがいい、ぎっちり詰まった虚無、みたいな読後感。
初読のときにも思ったんだけど、「ミノタウロス」の文章は佐藤亜紀の他の作品に比べて読みづらい。置いて行かれる。
淡々と硬くて冷たい。殺伐と無愛想でごっつい。そんで、剣呑。

今回読んだらえらく滅入った。
別に劇的な盛り上がりがある訳ではないんだけど、じわじわクる。気がついたらひたひたと迫っていて、息を止めて読んでたことに気づく。

269ページ。
人間を人間の格好にさせておくものが何か、ぼくは時々考えることがあった。それがなくなれば定かな形もなくなり、器に流し込まれるままに流し込まれた形になり、更にそこから流れ出して別の形になるのを──ごろつきどもからさえ唾を吐き掛けられ、最低の奴だと罵られてもへらへら笑って後を付いて行き、殺せと言われれば老人でも子供でも殺し、やれと言われれば衆人環視の前でも平気でやり、重宝がられせせら笑われ忌み嫌われる存在になるのを辛うじて食い止めているのは何か。

このくだり。
「ミノタウロス」っていうタイトルとあいまって、重い異物感を持ちながら胃のあたりに居座っている。
“人間を人間の格好にさせておくものとは何か?”


この話は、20世紀についての考察を試みた作品(書店かどこかで行われた対談で語られたらしい。どこで読んだんだかネタ元忘れました)であるらしいんだけど。
いわれてみれば確かに、20世紀って箍が外れた時代だったのかなあ、と思った。







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