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「大奥」よしながふみ [書籍]

今さらですが、よしながふみの「大奥」が映画化って。どーなんすかねえ。

「大奥」よしながふみの人気マンガを実写映画化 女性将軍に仕える美男子たち

なんかあんまし期待できなそう、と思うのは、美男子強調のあたりに、イケメンを餌にまき散らして女子を釣りまくろう、なんていう商業主義なニホヒを感じるから。

そもそもこの漫画は「大奥」で “男女逆転” ていう恐るべき設定なわけなんだが、そのヤバさをわかってて映画化すんのか甚だ疑問なのよな。

男女逆転ていう仕掛けが用いられる場合には、男女の差異が意図的意識的に暴き出される。
例えば差別。ジェンダー。で、 “大奥” が舞台ときたら、つまり生殖。もちろん性交も避けられないし恋愛も絡んでくる。


一巻の吉宗編は、大奥に奉公にあがる御家人の水野を案内役に、男女逆転世界を丁寧に敷き詰めてゆく。
この吉宗、胸がすくような優秀な為政者っぷり。公人としての姿しか描かれてないからでもあるんだけど、個人の苦悩とか恋愛感情みたいなものがいっさいなさげな仕事しまくり。
で、将軍ていう仕事には世継ぎを生むという生殖も含まれている訳で、そのための性交すら公人仕事モードでさくさくこなす。
生殖機能を別にすれば、男女に差はない。それが、吉宗っていう存在。

その吉宗が男女逆転の謎に迫るべく、記録を遡るのが二〜四巻、逆転が成立した家光の代。

家光は徳川の血脈を繋ぐためだけに強引に将軍職に就けさせられる。
将軍家どころかフツーの武家娘くらいにのどかに暮らしてたところを、いきなり襲われ母親を殺され拉致られて髪を切られて男のなりをさせられて閉じ込められるっていう強引ぶり。さらには強姦されて子を生んでその子を亡くす悲惨。
だから当然、恨みつらみも強烈で苦悩も深い。
家光が公人であるためには、好きな男との恋愛を捨て、子を為すために好きでもない男と性交しなくてはならない。

三巻67頁
「お前にわしの何がわかる!?…<中略>…他の男に嬲られるのはわしだけじゃ!!」
「わしの体だけがいつも汚され 辱められ 血を流して…!!」

乱世の気配も残る殺伐とした時代背景なんで、家光だけでなくってたくさんの“個人”が徳川のため、太平の世を築くためっていう大義のために悲惨に抑圧されるわけなんだけども。
国家が求める性と生殖に犠牲になる悲惨、っていうのが家光。

んで、なんやらぽわぽわっとして主張の弱い家綱の、これまた恋愛を諦めざるを得なかったエピソードを挟んで、綱吉。


権高で傲慢で為政者として権力を恣にしてるような綱吉なんだけど、この人も性と生殖に苦しめられる。

五巻132頁
「何が将軍だ!! 若い男達を悦ばせるために私がどれほどの事を床の中で覚えてきたか そなたにわかるか!?」
「将軍というのはな 岡場所で体を売る男たちよりもっともっと卑しい女のことじゃ」

華やかな元禄文化っていう背景があるにしても、綱吉は豪奢な打ち掛けやら装身具で着飾り、熱心に化粧を施し、“男をその気にさせるため”装いをこらす。将軍は世継ぎを生むのが最も優先される仕事だから。

で、そこに若い頃の吉宗がちょろっと登場するんだけど、この人は地味で化粧っけもなく、それでいながら自分が不器量であることを全然気にしない。そのままの自分でいいじゃん、みたいなことを気張らずに自然に信じられる人物、或いはそういう世代。


今んとこ、最新刊の五巻はその綱吉と吉宗の邂逅んとこで終わってんだけど、それでもっかい一巻を読むとへえーて感じ。

多分に吉宗個人の性格とか気質によるんだと思うんだけど、まあこの人は性別のこだわらなさ極めてる。女の体で将軍を務めることになんの不都合も葛藤も感じていない。周囲の女性官僚たちも淡々と仕事をこなしてフツーに優秀。
この巻では生殖機能を別にして男女に差はない。

その上で吉宗は、男女逆転構造に違和感を感じている。
それっていうのは、例えば男尊女卑を女尊男卑にひっくり返したところで問題が改まるべくもないのと同じで、ではどうしたら、“男だから女だからこうあらねばならぬ”みたいなことを強制されず、どんな性別でも性嗜好でも(同性愛でも無性愛でも性嫌悪でも)(訂正。性嗜好云々な描写はないや。この作家ならそういう意識もあるかもな、と思ったりはするけども)お互い尊重しあって誰もが生きやすくなるんだろうか? てことなんじゃないかと思う。

べつに江戸時代でなくっても現代だって、家庭は大奥みたいなもんだし、企業勤めはお家大事の武家仕えと変わらんし。
その間で家庭と仕事の両立に悩んだり、性と生殖に苦しむ家光や綱吉みたいな人も居るだろうと思う。ていうか実際わたしも、舅に「子どもつくんないなら何のために結婚したんだか意味ない」みたいなことを吐かれて仰天したことあるよ。子産めプレッシャーてエグいよなー。
(それにしても、ヘテロセクシズム全開な大奥家庭&武家企業社会に苦痛を感じている人は案外多いんじゃなかろうか。)
ちなみに同作家の「きのう、何食べた?」は「大奥」の対をなしてて、こっちでは所謂女性の仕事とされがちな毎日の炊事をフツーに楽しむ男性が描かれてる。フツーに仕事する女、フツーに家事する男。

つまり、吉宗の違和感は現代に通じると思う。
どうしてこういう慣習なのか、なんでこういう制度なのか。
転じて、どういう社会なら誰もが過ごしよいのか。

ていうところまで映画化で踏み込んで吉宗ていう人物を描いたとしたら、フェミニズムのフェの字を聞いただけで拒絶反応起こすような保守なおっさんらが黙っちゃいないと思うんだけど、まーそーいうものにはなんないのだろうなー。


ところで、この方の記事が穿ってて興味深く、おもしろかったです。
マンガソムリエ煉獄編:愛とフェミニズム「大奥」


2012.6.15 追記
その後、7巻あたりでなんか冷めてきちゃった。
江島生島事件の扱いとか、なんかひっかかるつーか。
巧くないとかじゃなくて、わたしの好みじゃない。わたしはこういうのが読みたい訳じゃないんだなー、ていう感じがしてきた。
理不尽な目に遭う人らを“歴史の大河に翻弄される”みたいに片付けられるのが好きじゃないんだと思う。なんか歴史好きなおっさんの説教くさいつーか。

たぶんわたしは少女漫画が読みたいんだよな。
「ベルばら」とまではいかなくても、個人がそれこそ個人的な思い(恋愛が多いだろうけど、昨今は仕事とか芸術表現とか、まあなんらかの自己実現)を政治とか社会の抑圧に負けずに貫いて達成する、的な。
個人的な思いを抑圧されて、仕方ないよそれが社会だ政治だ歴史だ大きな流れの中では個人など小さく無力なものよよよよ的な描写は少女漫画的ではないと思うの。

まあ別によしながふみがわたしの希望に応えねばならぬ訳ではないのでいいんだけどさ。
うん、なんか冷めてきた。










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