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「デザイン学―思索のコンステレーション」向井周太郎 [書籍]

 素晴らしい書籍です。
 温かな知性、というか、血の通った学問、というか。善きものを愛し、世界を美しく豊かに幸福にかたちづくろうという決意と希望に満ちていて、心がじんわり熱くなる。
 素晴らしいな、向井先生は。
 向井先生は、武蔵野美術大学の基礎デザイン学科に長く携わってらして、この書籍は大学を退任する際の最終講義に加筆して纏められたもの。(講義受けたかったなー)

 この書籍の紹介の前にまず「デザイン学とは何か」ってことについて紹介しようと思ったんだけど、長文になっちゃったので別記事にしました。できればご参照ください。→記事「武蔵野美術大学 基礎デザイン学科」

 副題のコンステレーション(constellation)というのは星座を意味する語。この場合は、既に定型となっている星座を示すというより、ランダムな星の並びに星座を読み取ろうとする能動的な姿勢をも含んでいます。思索の星読み、って感じ。
 冒頭から順繰りを追って筋道だった考察を経て結論に至るという線的な論じ方ではなく、考察の鍵となる用語がアルファベット順に配されていて、それぞれの繋がりはふんわりとゆるみがある。遊びというか、余白があるっていうか。
 読み手はそれぞれの語をたどりながら、イマジネーションを膨らませ、語と語の間を繋ぐ余白にさまざまな考察、イメージを想起しながら読み進めていくことになる。

 別記事で述べたように、デザイン学が単に“見ため”だけを扱う学問ではない以上、その考察は多くの分野領域に渡ります。
 目次を参照するだけでもその視野の広さが伺えると思う。

Constellation〔a〕 abduction アブダクション―生成の根源へ、制作(ポイエーシス)の地層へ
Constellation〔b〕〔c〕 Bauhaus & cosmology コスモロジーとしてのバウハウス
Constellation〔d〕 degeneration マイナス方向への遡行と生成
Constellation〔f〕〔g〕 furi(miburi)=gestus 世界の生成プロセスとしての身振り
Constellation〔i〕 interaction 相互作用―呼びあい、触れあい、響きあいの生成
Constellation〔k〕 katamorph メタモルフォーゼと生命リズム
Constellation〔r〕 Relation/relation 均衡関係がもたらす新たな造形
Constellation〔r〕〔s〕 Rhythums/rhythm & Struktur/structure リズムの構造・構造のリズム
Constellation〔t〕 Trübe 生命の原像へ、生成の原記憶へ
Constellation〔u〕 Urbild 原像とメタモルフォーゼ
Constellation〔q〕〔w〕 Qualität/quality & Werkbund 生活世界の「質」と工作連盟(ヴェルクブント)運動
Constellation〔w〕 Weg/way 二十一世紀のあるべき生活世界への道
Constellation〔v〕〔w〕 value & wealth あるべき生活世界の形成―真の価値と富とはなにか

 個々の章を独立して読んでも興味深いのだけれど、読み進むうちにそれぞれに示された語が結びつき、その組み合わせや結びつき方によって新たなイメージや考察や取り組むべき課題が見えてくる。
 例えば、〔i〕や〔u〕の章で語られる、色や形の位相の往還には、〔d〕での混沌への遡行、〔f〕の振り幅や息遣いが想起されるし、また[t]のあえかな色彩のゆらぎ、空気感の捉えにも繋がっていくように思われる。また、〔u〕で示された原像という概念から、あるべき生活の質という考察へと〔q〕〔w〕に展開し、政治や経済のあり方としてもあるべき姿=原像が求められることに繋がってくる。
 また、それぞれの章の関連や結びつきをイメージするにあたって、〔a〕のアブダクション(abduction。仮説的推論とか仮説形成、構想と訳される)のはたらきが促され、極めて創造的に考察を深めることになる。
 どの章も示唆に富んで興味深く揺さぶられる。
 おもしろい。ものすごく。

 個人的に感銘を受けたのは〔q〕で語られる、生活(家庭とかの狭い意味ではなく。生きる環境とか全人的な生の在り方やその場、の意)「質」ということ。
 ドイツ工作連盟の発足に関わった政治家テオドール・ホイスの言葉として、質とは何か、という問いに対する答え。

 「質とはなにか」とあらためて問うならば、「質とは」簡潔にいって「Das Anständige(ダス・アンシュテンディゲ)である」と答えます。この言葉は、私には、日本語ですと「礼節をわきまえているもの」、「誠実な礼節の態度」だと聞こえます。言いかえれば、ものや環境が人のあるべき姿と同じように礼節をわきまえている、ある礼節の態度だと聞こえてくるのです。この元の語の「anständig」という形容詞には、礼儀正しい、丁寧な、正直な、誠実な、上品な、礼節を知った、折り目正しい、といった意味があり、「人としての尊厳を守る過不足のない誠実な質の規範」とでも読んだらよいのでしょうか。(p.305~306)

 簡潔明瞭にして説得力のある言辞だなあ、と。
 そしてもちろん、この書籍全体にもこの「Das Anständige」が感じられ、礼節を尽くされた質の高さというのは、人の心を動かすことだ、なんていうふうにも思った。

 現実的離れしてる、理想主義過ぎる、っていう批判はあるかもしれない。
 けれども、理想のないものづくりがどれだけ無茶苦茶なことになるか、っていうことは前世紀にはっきりしたんじゃないだろうか。
 例えばなにかをデザインするときって、かたちを捉えきれずに曖昧に揺らいでしまうことがある。拠りどころがないと不安だし。そういうとき、この書籍に出てくる言葉、例えば「katamorph」とか「Trübe」とか、「礼節」のひと言で芯がすっと通る。そういうことが、社会全体を考える上でも必要なんじゃないか、ということ。
 理想的な社会はいきなりは実現しないにしても、もちっと芯の通った社会を目指したい、目指せるはず。と、思いますのです。

 なかなか分厚い書籍だし、価格もそんなに安くはないので手に取りづらいかもしれないけど、わかりやすいし素敵な本なので、図書館を利用したりして読んでみられることをお薦めします。


武蔵野美術大学出版局での紹介、書評






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