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「人間失格」太宰治 [書籍]

最近、太宰作品の映画化が相次いでるせいか、書店での扱いも華々しいですなー。
「人間失格」っていったい何社から出てんのかしら。文庫だけでも15社は下らない。カバー違いとかも含めればすごいバリエーションありそう。
Amazonのアフィリエイト貼ろうと思ったらえらいことになり、まあここはとりあえず初版の筑摩書房に敬意を表しておきましょうかね。

ココでも読めますね。
インターネットの電子図書館、青空文庫「人間失格」


太宰は高校生くらいに「人間失格」読んで鬱陶しくてうんざりして以来、ほとんど読まず嫌い。
ちなみにわたしの妹は「大変つまらない小説だったが忍耐力が養われたと思う」みたいな読書感想文を書いて教師を呆れさせたことがあるらしい。笑。
好き嫌い云々というよりほぼ縁がなかったんだけど、今読んでみたら違うかもなーと思って読んでみた。

思ってたより鬱陶しくない。かなり突き放してる感じ。へえー。
主人公の語りは、自分のことを徹底して対象化・客観化・相対化して批評しまくる書きっぷりなんすね。なので、共感して鬱々、ていう感じよりも、淡々と乾いてる。
つか、笑えたりする。ラストのヘノモチンのくだりは吹いた。

読めば読むほど、これは大マジで読むもんじゃないのでは? という気がしてくるんだけど、気のせいかな。
ひょっとして、ギャグなのでは。どこまでマジでやってるのかなー、と思わせるあたりがキレッキレに冴えてる。
いやそれは葉蔵の道化を演じる癖の悲しい顕れであるよ、という読み方もできんことはないだろうけど。

なんか映画版の「嫌われ松子の一生」みたいな印象。ていうかこの映画が太宰なのかも。松子がアパートの壁にごりごり書きなぐる「生れてすみません」も太宰由来でしたっけね。

井上ひさしの「太宰治に聞く」(文春文庫)に、「格好よくポーズをきめる(略)、そのたびに照れて含羞(はに)かんで、『なあんちゃって』と崩す。これが太宰の文体の、いや彼の文学の基調なのです」ていうくだりがあるそうなのだけど、まさに「人間失格。なあんちゃって」なんじゃないのかなー、などと思ってしまったわけなんだが、太宰ファンの方には不謹慎に思える読み方だったりすんのかしら。すいませんね。
でもそういう照れとか含羞なのだとしたらかなり好感です。

で、映画化だったら、生田斗真じゃなくって劇団ひとりとかどーだろう。
陰鬱な転落物語としても自虐炸裂のギャグとしてもいけそうな気がするんだけど。






 

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コメント 4

コメントの受付は締め切りました
shim47

 中学生の頃に読んだ事がありますです。
『名家に生まれたみそっかす』というのがこの人の立ち位置だったように覚えているのですが、進学先が東大文学部だったので生家では大変肩身の狭い思いをしたというエピソードを以前何かで読んで大変気の毒に思いました。法学部に進めなかったダメな奴ということなのだそうで、私だったらそんな家に生まれたくないなあと寒い気分になりました。
 全部を読んだわけではありませんが、何かしら通低する屈折感に妙な共感を持っています。
by shim47 (2010-03-10 21:25) 

シロタ


shim47さん、たびたびありがとうございます。

名家とか旧家の一員であるというのは、時にしんどいことであるらしいですね。庶民にはなかなか想像もつかないですが。

太宰の小説、とりわけ「人間失格」は、作家本人の生い立ちや性情と結びつけて読まれ過ぎてるような気がしました。
私小説ってそういうものなのかもしれないですけど。
でも、葉蔵って太宰じゃないと思うんだけどなあ。

by シロタ (2010-03-11 13:53) 

ヒノキオ

シロタさんへ

そおなんですよぉ~!!!

「人間失格、なんちゃって。」 ←正にコレです!

太宰の面白さってやっぱりこういうくすぐる感覚にあると思うんです
なのに「人間失格」のイメージばかり先走って
変に重く暗い作家という偏見がついてしまっているのが哀しいんです

「犬が嫌いだ」と延々書いてるのに
「本当は好き」って気持ちをにじませるツンデレ短編とか

自分が悪いくせに人のせいにばかりする話も何度も描いてるし
(明らかに読者のツッコミを待ってるんです)

所謂「自虐ネタ」の作家さんだと思うんですよね
個人的に今、漫画家の福満しげゆきさんは現代の太宰だと思ってます

そういう面白さがもっと広まって欲しいです

『嫌われ松子の一生』で 太宰が死んだ玉川で死のうとしたけど
底が浅くて死ねなかったって描写がありますけど
太宰って結局最後まで死ぬつもりは無かったんじゃないかと
密かに想ってます

自分の悩みを つい道化な自分を通して語ってしまって
とうとう自分でも何に悩んでるんだかわからなくなって
そして何度も「死のうとして死ねない」という自分のキャラを更新することで
新たに生き直そうとしてたんじゃないか
最後も「俺は道化だからまた死ねないだろう」なんて思ってたんじゃないか、
みたいな

遺稿の『グッド・バイ』ですら
タイトルとは裏腹になんだか笑える話ですしね

映画『ヴィヨンの妻』では
2度登場する「グッド・バイ」という台詞の使い方が見事でした

井上さんの指摘鋭いですね

確かに太宰は小説中、自分でカッコよく「こうだ」と言いきったことを
最終的に「そんなことはどうでもいいじゃないか」と自分で崩す(オチをつける)
変なパターンがあるのですが(『パンドラの匣』はこの展開かも)
こういう道化性のせいで 最後まで「面白い作家」ではあっても
「真剣な作家」にはなれなかった、という気はします

なんでしょう、こう・・・「深み」は無いなっていうw
でもそこが凄く等身大で好きなんですけどね
by ヒノキオ (2010-03-11 23:14) 

シロタ


なるほどー。
>福満しげゆき
に、激しく納得しました。笑。
この人って、自虐on自虐ていうか、「なんちゃって」ひとことじゃ済まなくって、「なんちゃってとか言っちゃったりして自虐して誤摩化してみたりしてそんな俺って自意識過剰過ぎ中二病乙w」みたいな、どんどん重ねてって挙げ句に自分で疲れたりしてません?(笑)

「人間失格」にもそういう激しい自己対象化の視点があるのかなと思ったら得心がいくような気がします。


それにしても太宰に関しては、作品と作家が結びつけられ過ぎ(ていうか本人もそれを狙ってたのかもしれないけど、それにしてもまともに受け取り過ぎ繋げ過ぎ)なんじゃないかと思いました。


by シロタ (2010-03-12 11:49) 

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