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「愛別外猫雑記」笙野頼子 [猫]

徒然花さんとこの記事、「LOVE ANIMAL」に、居てもたっても居れない、切実な気持ちが伝わってきて、ぐぐっとキたのだった。
情が深くて、素敵な人だ。エモーショナルってことに手を抜かない、怖れない勇気が眩しいぜ。

で、この書籍を思い出した訳なのだった。
虐待される野良猫を救けようと奔走し、猫と暮らすために戸建て住宅を構えてしまうに至る笙野頼子の、猫と猫に対する人々を巡る考察。

猫の話なんだけど、猫だけのことじゃない。

そもそも、糞害やゴミを荒らされたりなど、猫に迷惑している人は実際に居るんだけれども、そういう人はその害さえ収まれば、むしろ地域猫などの対策を理解してくれる。
そうではなくって、

世の中には猫嫌い、というよりも猫嫌いという表現形を取る事でたやすく人を傷付け踏みにじるのが趣味の人、生き物を殺したり苛めたりするのを快感にする人、弱みのあるものに付け込み頭を下げさせる楽しみに中毒した者、また何であれ自分以外の存在が(たとえそれが病気の子猫でも)関心を持たれたりあわれをかけられたり食物を貰っていたりすると自分の権利を奪われたかのように思い怒り狂う人そしてしつこく絡んで他人を傷付けその土地から追い出す支配の快楽がこたえられないという人間がいて、同時にまた千にひとつの無駄も心配もなく自分だけが頭を高くきれーいに暮らしたくてありとあらゆる自分以外の生物がただ生きているだけでも失礼千万と思い込んで被害者意識を持つ人間までたまーにしかし、必ず、いるものなのだ。(p.41)

猫を攻撃する人の、自分以外の他者が認められない姿勢の惨さ、おぞましさがキレ気味の迫力な文章で、ものすごーく気持ち悪く迫ってくる。

そもそも笙野さんは猫好きではないそうな。
見るに見かねて居てもたってもいられなくなっただけで、つまり、他者に対するまっとうな想像力と当然の当事者意識があるっていうだけのことだ。
見るに見かねる、とか、居てもたっても居れない、っていう苦痛から逃げずに、他者への責任を果たそうとすること。

それがわからない人は好き勝手を言う。
自分が餌付けして殖やさせたくせに笙野が世話するせいで猫がゴミを荒らすとか言いながら血統書付きの猫をショップで買ってみたり、全部の猫を助けられたらいいわねーとかのどかなことを言う。
笙野さんは、もともとの飼い猫ドーラを苦しめることに傷つき、自分が限られた数の猫しか救けられないことにも傷ついて、ぎりぎりまで倫理と責任を自分に問いながら猫に向かい合おうとしてるのに。
読んでるだけでキレそう。

もともと人づきあいが苦手であるらしいし、猫を守ろうと奔走する様子は微妙にイタい人瀬戸際だったりするんだけど、それにしても、たかだか猫8匹を守ろうとするだけのことが、どうしてこんなに悲惨で困難なことにならなくっちゃならないのだ? とも思う。

で、これも「第9地区」なんだろうと思う。





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コメント 9

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エンジェル

前に新聞の投稿欄に、
「野良猫に餌を挙げなければ、自然に数が減っていくはずだから
 誰も餌をあげなければいいと思う」
というのがあって、その投稿者が10代の少女だったことに愕然としたことがあります。

ウチの近所には田んぼがたくさんありましたが、どんどんなくなってます。
その理由が、単に相続による売却などだけではなくて
「カエルの鳴き声がうるさい」という近隣からの苦情だったと知った時も愕然としました。

何もない公園に「大声を出さない、走り回らない」と書いてある貼り紙を見た時も、同じ気持ちになりました。

>千にひとつの無駄も心配もなく自分だけが頭を高くきれーいに暮らしたくてありとあらゆる自分以外の生物がただ生きているだけでも失礼千万と思い込んで被害者意識を持つ人間

誰もが気持ちよく暮らしたい、と望むのは当然のことだとは思うけど
誰もが快適に何のガマンもなく暮らせる街、などというのは幻想だとも思う。
野良猫を減らすために自分に出来るだけのことはしたいと思うけど、
遊ぶ子どもも昼寝の猫も外で見かけない、カエルも鳴かない街になるのなら
そんなことをしたいわけじゃない…とも思います。

ふぎゅーーーー。(涙)
by エンジェル (2010-05-13 19:56) 

シロタ


おー。シロタと同じくアウトプット不調(←失礼千万)のエンジェルさん、いらっさいましー。

文脈がわかんないですが、その10代の子は潔癖なお年頃&もの知らず、なのではないかと思われ。10代特有の、自分自身の事まで穢く思えて消したくなるくらいの清潔至上なメンタリティって気がします。んで、そーいう子はえらい生真面目で倫理的だったりして、もの知らず故の論理矛盾を突いてやると、ちゃんと自分で考えられるんじゃないかなー。わりとまともかもしれません。
ヘンな子は新聞投稿なんてしないで苛め殺してそのことをヤバいと思わない。

田んぼと公園は、どちらも維持するために手間や金銭がかかるわりに“儲からない”。資本主義経済社会において、(金銭的)利益の得られないものは価値を認められにくい。何も問題がなくてもどんどん減って行く上にましてやカエルや大声やの苦情がきて、やる気がなくなります。

金にならないものに価値はない。
っていう考えが、犬猫や子どもや病人や老人の居場所をなくす=殺す。
ひいては、金にならない映画や文学や音楽や芸術もなくなる。
経済的価値以外の価値基準がないとそうなります。
ていうかいつの時代の話なんだよダサ過ぎヤバ過ぎる。
死ねばいいのに(←酷)。


>誰もが快適に何のガマンもなく暮らせる街、などというのは幻想だとも思う。

ガマンすることをも楽しんで暮らす、って考えたいですよね。
文化芸術的価値、生活感覚な価値基準がいよいよと肝要な気がします。


by シロタ (2010-05-14 10:13) 

エンジェル

どもども、いやまったく不調ドツボであります。(笑)

>もの知らず故の論理矛盾

そうそう、たぶんそうなんだよね。
自分の言ってることが何を差すことになるか、想像できてないんだと思う。
そこをキチンと突ける人間が傍にいればいいんだけどな、と余計な心配してしまった。


>ガマンすることをも楽しんで暮らす、って考えたいですよね。

不自由なことや不便なことを、みんなが抱えてるんだという共有認識を持って
だからどう助け合えばいいのか、自分が譲ればいいのかを考えられればいいはずなんだよね。
ガマンするのは自分ばっかり、みたいに思っちゃうとダメなんだよねぇ。
…ガマンを楽しむには余裕がないと厳しいかなぁ。余裕がないのか現代人。

>文化芸術的価値、生活感覚な価値基準がいよいよと肝要な気がします。

ン千万円のナントカの絵とか、節約エコライフとか、そんなのばっかニュースや記事になってるうちは難しいっすかねぇ…。
by エンジェル (2010-05-14 18:01) 

シロタ


おおう。たびたびのコメント、ありがとうございやす。
こういう、コメ欄で小出しにするのも不調回復を促すかもしんないっすよね。

つーかね、ガマンの閾値が低過ぎる気がします。不自由や不便に弱過ぎ。
わたしは時短ナントカってやつに違和感感じますねー。せわしないなー。

ただ、それが経済効果に影響してるんでしょうねー。
不自由や不便が、それを解消する商品やサービスを購入する動機になったりするから。
手洗い洗濯や食器洗いの手間暇が楽しい〜って思われてしまったら洗濯機や食洗機が売れないので困る。
で、多くの人に不自由!不便!ガマン嫌!って思ってもらわねば困る人たちや企業が居て、なにかと煽られてるんだと思います。

経済が立ち行かなければ暮らしもままならない訳だし、ガマン嫌!を全否定するつもりはないんですが、資本主義経済以外の価値観、尺度が必要なんじゃないかな、と思うのですよねー。

少なくとも、絵画を観て値段の話しかできないのって貧しいですわ。

by シロタ (2010-05-15 11:33) 

flapper

おじゃましまっす!

エンジェルさんお久しぶりです!
本当にふぎゅー!ですね。

確かにカエルの声が聞こえなくなった気がします。
私たちが「最近、野良犬をみかけなくなった」とぼやくように、私たちの子供の世代は「野良猫」すらみかけなくなるのでは?と心配です。
同い年の友達で子供がいる子と喋っていて「野良犬をみかけない」話をしていると、その子は「安心だ」と言いました。
「子供が噛まれたらオオゴトだ」と言うのです。
確かに、それはごもっともなんですが。
でも私が子供の頃、野良犬に追いかけられはしても怪我をさせられたりする事件はありませんでした。


それでも、一件でも悲しい事件があると野良達は悲しい運命をたどらなければならないのでしょう。

>絵画を観て値段の話しかできないのって貧しいですわ

名言ですねー。笑

だれの絵だろうが、いつの絵だろうがココロを打たれりゃ良いもんは良いのですよねー。

ン十万の炊飯ジャーでお米を炊くよりも、自分で精米して土鍋&炎で炊くのが一番美味しい米なんじゃないかと思う今日この頃。
少なくとも、そんな時間が幸福だと思うのです。


by flapper (2010-05-15 14:38) 

シロタ


flapperさん、いらっさいましー。意義深い記事のupをありがとう。

犬は猫と生態が違うのでまた別の問題があるようですのね。
犬は群れをつくって犬社会で生きる生物なので、群れて野犬化すると群れを守ろうとする行動が人間社会を脅かす恐れがあります。
狂犬病の怖れもあるし、かつては野犬の問題は生死に関わるかなり危険な閾であったらしいんですよ。

ただ、flapperさんがおっしゃる野良犬というのは、繋がれては居ないけれども地域の共同体に属して、皆で世話して共生している犬、ってことですよね。
地域社会の成り立ちが難しい昨今、そういうゆるやかな所属で気ままな犬猫は難しいのですかねー。
犬猫の問題ではなくって、地域社会の問題だったりすると思うです。
ましてや、その結論が殺処分というのは酷い話です。



by シロタ (2010-05-17 11:15) 

エンジェル

>多くの人に不自由!不便!ガマン嫌!って思ってもらわねば困る人たちや企業が居て、なにかと煽られてる

そーなんですよねぇ。
こないだ「加齢臭」の話で、おばさんが
「子どもの頃、お父さんのニオイはお父さんのニオイであって、加齢臭なんて言われて忌み嫌われるだけのものではなかった」
みたいなことを言ってましたが、これなんかまさにソレですね。加齢臭って言葉は、消臭剤売らんかなの資生堂が作った言葉ですから。
いや、クサイのガマンしろ、とは言わないんですけど、ニオわなければイイのか?本当に無臭を望んでるのか?と。
美味しい香りとか芳しいとか、そういうニオイだけがよくて、それ以外は消えてしまえと本当に望んでるのか?と考えたことあるのかなぁ、って。

…本題から逸れてしまいそうなのでやめておきます。^^;
(いや、もしかしたら根っこは繋がってる気もするんですけどね)

flapperさん、どもども♪ご無沙汰してます~。^^
>自分で精米して土鍋&炎で炊くのが一番美味しい
ホントその通りです。魚沼産ナントカな米じゃなくて、ご近所産のテキトー米(失礼)でも、ジューブンにウマイですからね!
でも、確かに「そんな時間もったいない」という人々もいるのは事実。
で、そういう人々にとっては「隣から長々と聞こえる精米機の音」は騒音にしかなりません。

そーいや前にテレビで「自分の住んでる地域では犬を放し飼いにしているのでやめてほしい」と訴えてる人の話をやってましたよ。
レポーターが行ってみると、確かに首輪して1匹でほっつき歩いてる犬とか、リードしてないで散歩させてる人とか、いっぱいいるんです。
で、その飼い主たちに「何で放し飼いにするんですか?」と尋ねると「いや、昔からそうだったから」ってフツーに答えるんですよね。
で、テレビに苦情を言ってきた人は「ヨソから移り住んできた人」なわけです。
レポーターが土地の人に話を聞くと、子どもとかは「コワイ」とはいうものの、被害に遭ったわけじゃない。
彼らは、犬との距離の取り方や、あしらい方を知ってるわけです。
でも、繋がれた犬としか接したことのない人は、放し飼いの犬を見ただけで怯えてしまう。その怯えが、犬を攻撃的にさせてしまう。
もしくは、繋がれたおとなしい犬しか知らないため、何の考えもなく近づいて撫でようとして、唸られてしまう。

放し飼いしない、散歩の時にリードをつける、というルールに反論するつもりは全くないんですが、
とはいえ、地域社会とはまさに「地域」であって、一般常識(とされるルール)で一括りするだけではすまないさまざまな問題を抱えているんですよね。

どっかの港町とか島とか、ゆるやかな所属で気ままに暮らしてる犬や猫や人の姿を見てると、やっぱりワタシはそっち側で暮らしたいなぁと思ってしまいますねぇ。
もちろん、ラクなことばかりでないのは承知の上ですが…。
by エンジェル (2010-05-17 14:32) 

flapper

シロタさん
またもやオジャマします。

確かに子供の頃、野良犬は怖かったですね。実際に被害に遭って無くても。
昨日ね、アバターを観ていたんです。
あれには色んな野性?動物がでてきて、古い話になると地球だってそうだったんだろうと思うんです。
あそこまでの凶暴な動物では無いにしろ、何十年か前まではきっと日本でも色んな被害があって、こんな現状になっているんだとは思うんです。
人間にとって「じゃま」であったんだろうと思います。
本当に命を落とした人がいたかもしれないし、生活できないくらいに畑やなんかを荒らされたりしたかもしれませんよね。
その現実も十分理解できるんですが、それでもやっぱり何かがおかしいんですよね。
極端すぎるというか、なんというか・・・。
エンジェルさんの言うように「加齢臭」なんて言葉を作ってしまってお父さんを苛める(笑)ことも。
日本人は清潔になりすぎて、抗体がなくなってしまいそうで怖いです。
あぁ。話がどんどん意味不明になってゆきますが。

とにもかくにも殺処分なんて制度をやめて、天下りのオエラガタを辞めさせてシェルターを作ったりしてほしいもんです。
簡単にはいかないでしょうが、共存できる何かを探さなければ。

by flapper (2010-05-18 18:06) 

シロタ


生きてりゃニオイくらいするもんですよねえ(笑)
“加齢臭”って言葉は、臭いの否定もさることながら、加齢をも否定する、非常に暴力的な言葉だと思います。
臭うな、年とるな、って、生きるなってことですよ。

そう、極端過ぎますよね。
単に犬猫可愛さじゃないんです。


by シロタ (2010-05-19 12:10) 

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