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「クラウド アトラス」 [映画]

→「クラウド アトラス」公式webサイト


むっはー(鼻息)。おもしろかった。
そいでなんかこう、元気が出る、勇気がわいてくるような。
正義とか友愛とか、人間の善性みたいなものをてらいなく素直に信じる、強いメッセージを感じた。


時代の異なる6つの場面が交錯して語られていく、っていう複雑なつくりなんだけど、そんなに混乱することもなく観られる。
それぞれの時代っぽさとか人物や場面の雰囲気とか空気感みたいなものがわかりやすく特徴があって、話がこっちからあっちに飛んだ、ってのが瞬間的に掴める。

で、時代と時代を繋ぐというかリンクする要素が随所で示される。
共通する役者とか、彗星の形のアザ、「クラウドアトラス六重奏」ていう音楽など、もろもろの小道具だけでなく、追われたり逃げたりするアクション、ストーリーの起伏とか、場面が切り替わるタイミングとか、様々な演出が凝らされ、各場面のベクトルを揃えてる。
それによって、バラけた感じにならないというか、糸がよりあわされて大きな世界が組まれていくみたいに感じる。

トム・ハンクスが演じる役柄が輪廻転生を繰り返し魂が成長する、とかいう触れ込みもあったけど、全然違うと思う。それだったら時代を交錯させずに時間軸に忠実に順繰りに語るんじゃないのかな。

順繰りじゃなくて、異なる場面を同時に見る視点。
そういうのって運命論的というか神様視点というか、歴史の本を読むみたいに既に出来上がってるものを外から客観的に検証するっぽい感じになるもんかと思ってたんだけど、「クラウド・アトラス」はどういう仕掛けか、異なる時代の異なる場所での出来事が同時に起こっている、みたいに感じられる。
いま自分が居るこの世界と関わる世界・多次元宇宙の無数の世界のいくつかを観ているような、しかも、今まさに起こりつつある出来事として感じる。
自分は世界の客ではなく、紛れもない当事者であるのだ、みたいな。

手塚治虫の「火の鳥」を連想する、みたいな感想をネット上で散見して膝ポン。それだ。うん、そんな感じ。


そんで、そこで語られるのは、真の自由を求める物語。だと思った。
それぞれの時代で、なんらかの社会的な抑圧があって、それを覆そうとする人の話。

黒人やクローン人間を奴隷にする社会との闘い、とかがガチなんだけど、たとえあからさまに身体拘束されていなかったとしても、個人の意志や尊厳を奪われずに生きようとすること、即ち、自由を求める物語。
侮られたり蔑まれたりせずに、自分を偽らずに生きようとすること。
ていうようなことかな、と。

そして、そのように、真に自由を求めることは正しい、みたいな強い信念を感じるのね。
その個人にとって正しいことである以上に、世界にとって正しい。
自由を求める個人の意志が世界全体を変えてゆく、的な。

パンフレットに押井守の感想が載ってたけど、「人間の善意や優しさといった肯定的なものを信じている映画」って言ってて、うん、同意。


映画の終盤、19世紀半ばの場面で「奴隷解放運動に加わる」と宣言したユーイングに対する権力者ハスケルの台詞、
「人には階級があって、それに従って生きるのが幸せなのだ。逆らうと痛い目に遭う。世の中そういうもので、奴隷解放運動なんて失敗する。大海にひとしずく垂らすようなもの。」
みたいなことを言うんだけども。
けれども、その時点で、他の時代では黒人奴隷制度は廃止されてることがはっきりしていたり、話はもう終盤で他の時代においても目覚めて立ち上がる人たちの姿が肯定的に描かれているもんだから、そういう権威的な姿勢がものすごくしょぼく情けなく見える。
ここは個人的にすごく印象に残った場面なんだけど、こんなふうに他の時代の場面が背景に裏打ちされて、ある台詞や出来事が複層的な違った意味を持たされてるように感じられるところが随所にある。

また、ハスケル役のヒューゴ・ウィーヴィングはどの時代でも権威に従って抑圧する側の役柄な上に、なにしろヒューゴ・ウィーヴィングなので、どうしても「マトリックス」のエージェント・スミスが連想されてみたり、「クラウド アトラス」だけじゃない、あちこちへリンクが張り巡らされるみたいな仕掛けになってる。
他の場面でも「ソイレント・グリーン」の台詞や、ソルジェニーツェンの言葉が引用されたりしてるみたい。


すげーおもしろかった。また観たい。




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